〈高校の四階建ての校舎から雪が溶け去りチャイム降り出す〉という巻頭歌で始まる、工藤吉生の第一歌集は何?
『世界で一番すばらしい俺』
『世界で一番すばらしい俺』は2020年(令和2年)に出版された、工藤吉生の第一歌集です。これまで様々な短歌賞応募において話題となった作品を中心に331首が収録されています。
第61回短歌研究新人賞を受賞した「この人を追う」も収録されています。
本歌集の軸となっているのは、歌集名にもありますがやはり「オレ(俺)」でしょう。「オレ」を軸に歌の世界が広がっていきます。
短歌は本来一人称の詩という側面がありますから、あえて「オレ」と書かれていなくても「オレ」のことだということはわかる場合がほとんどです。
しかし「オレ」と書かれることで明確に「オレ」の存在感が浮き上がってきます。しかしその「オレ」は傍から見ると決して憧れの対象となるような「オレ」ではありません。むしろその「オレ」にはあまりなりたくないと感じるような「オレ」なのです。
けれども、なぜでしょう。読み進むとどんどんとこの「オレ」に惹かれていくのです。少し残念な感じに愛着が湧いてくるといいますか、その駄目っぷりにどこか自分を重ねてしまうところがあるのかもしれません。
著者は、日常において意識していなければ見過ごしてしまうような場面を掬いとるのが非常に巧いと思います。難しい言葉ではなく、誰にでもわかる平易な言葉で、平易ではない感情を読者に植えつけてくるような感じがあるところがとても印象的です。
本歌集は、剛力彩芽主演で映画化されたことで話題にもなった一冊です。
『世界で一番すばらしい俺』から五首
三人で歩いていれば前をゆく二人と後ろをゆくオレとなる
まっすぐな木とかたむいて生えた木がならんでオレにもの思わせる
死んだとは思わないけど面倒が体を包む感じはあった
キスをする距離のふたりがオレのいるあいだはせずにいてくれていた
膝蹴りを暗い野原で受けている世界で一番すばらしい俺