ハンカチが鳩に変わって やるせない ハンカチに魂がないこと
佐藤弓生『モーヴ色のあめふる』
佐藤弓生の第四歌集『モーヴ色のあめふる』(2015年)に収められた一首です。
マジシャンが真っ白なハンカチやシルクを鳩に変える場面を、映像を通してあるいは実際に見たことがある人も多いのではないでしょうか。
ステージマジックにおける鳩は、何もないところから登場するよりも、ハンカチやシルクが変化して登場する方がインパクトがあるでしょう。生き物ではないものが生き物に変わって動き出すというところに、鳩出しのマジックの驚きや感動が詰め込まれているようです。
掲出歌を読むと、そんな鳩出しマジックを想像します。しかし詠われている内容は、ハンカチが鳩に変わって驚いたといったものでありません。
歌のど真ん中で「やるせない」といっています。
「ハンカチに魂がない」というところがこの歌のポイントになると思いますが、仮にハンカチに魂があったとすれば、ハンカチは鳩に変わる必要はなかったのかもしれません。ハンカチに魂がなかったことが、鳩に変わった要因のひとつとして提示されているのです。
「魂」という語の定義も難しいですが、ハンカチに魂があれば、きっとハンカチはハンカチのままでそこに存在し続けたのでしょう。
鳩出しマジックにおいて、通常観客の目を引くのは鳩の方でハンカチのことなどはあまり注目されません。しかし、この一首はハンカチの側に焦点を当てた珍しい歌です。
ハンカチと魂。なかなか簡単に理解できないほど深い関係性を感じますが、日々ハンカチを見るたびに思い出される一首です。