手品師が覚えていろと言うカードいつ忘れればいいのだろうか
鈴木晴香『心がめあて』
鈴木晴香の第二歌集『心がめあて』(2021年)に収められた一首です。
観客の間近で行う手品を「クロースアップマジック」といいますが、その中で最もよく使われる道具のひとつとしてトランプが挙げられるでしょう。
トランプの手品は本当にたくさんの種類があります。52枚すべてを使って行うマジックもあれば、キングとエースの8枚だけを使って行うマジックもあり、本当にさまざまなトランプマジックが存在します。書店のマジックコーナーにいけば、必ずといっていいほどトランプの手品の本が置いてあるでしょう。
トランプを使ったマジックの中でも「カード当て」は大変インパクトがあるマジックです。観客に一枚カードを覚えてもらって、カードを切ったり混ぜたりした後どこに行ったかわからないようにしてから、最終的に覚えてもらったカードを驚きの演出をもって当ててしまうというものです。
カード当てを行うにあたり、まず観客にカードを覚えてもらわないといけません。掲出歌は、手品師が「カードを覚えていてください」といった場面を面白い角度から捉えています。
通常、「カードを覚えていてください」といった場合、カード当てのマジックが終われば、そのカードを覚えているという行為はもう必要ありません。当然、忘れてしまってもいいわけです。それはあえて知らせなくても、演じる側も見る側も暗黙の了解でわかるものだという認識が一般的なものでしょう。
しかし、この歌では「いつ忘れればいいのだろうか」と詠われています。手品師が「覚えていてください」というとき、その発言に何かしらの力が加わっているのかもしれません。手品師という存在がいうからこそ説得力があります。ですから、いわれた方はその通りカードを覚えます。しかしカード当てが終わっても、手品師は「覚えたカードのことは忘れてください」とはいいません。覚えたカードは観客の心にずっと残り続けるのです。「カード当てが終わったから、もう忘れてもいいんだよ」と伝えてあげたくもなります。
これは手品に限った話ではないのかもしれません。あらゆる場面で無期限の指示となるような発言がされていることを表しているのではないでしょうか。
忘れたくても忘れられないこと、忘れたくなくて忘れないこと、知らないうちに忘れてしまうこと。無期限の指示や要請、あるいはお願いの類は、受け手側にとってその時々により記憶のルートを方向づけてしまうのかもしれません。
たった一枚のカードを覚えるという行為から、いろいろと想像させられる一首で、非常に興味を惹かれる歌だと感じます。

