マジックの種を一式詰め込みし革の鞄は何処にゆきし
内藤明『薄明の窓』
内藤明の第六歌集『薄明の窓』(2018年)に収められた一首です。
マジックグッズには、本当にさまざまなものがあります。カード、コイン、ロープ、花、ハンカチ、リング、ステッキ、新聞紙、輪ゴム、ボール等々。
主体はマジックを趣味としているのでしょうか。
登場する「革の鞄」はおそらく主体のものでしょうが、その鞄に「マジックの種を一式」詰め込んでいたのです。「種」とあるところに、仕掛けのないカードやコインではなく、仕掛けのあるグッズが詰め込まれていたのではないかと想像できます。
詰め込んでいたのは、どこかでマジックを披露する機会があったからなのではないでしょうか。この鞄をひとつもっていけば、どこでもさまざまなマジックを披露できたのではないでしょうか。相手のリクエストにもその場で応えることができたのかもしれません。
しかし、その「革の鞄」はどこかへいってしまったのです。
主体はいつからかマジックに触れていないのかもしれません。昨日今日なくしたわけではなく、自分でも気づかない間にどこかにいってしまった、どこにしまっておいたのかも忘れてしまったような感じを受けます。
鞄は出てこなくても、主体の記憶には、マジックの種がぎっしりと詰まった鞄が残っているのでしょう。マジックの鞄ひとつから読み手は色々な状況を自由に想像できると思います。
マジックを演じる場面の歌ではなく、マジックの種、しかもそれを詰めた鞄を詠ったユニークな一首だと感じます。