手品師の右手から出た万国旗がしづかに還りゆく左手よ
石川美南『裏島』
石川美南の歌集『裏島』(2011年)に収められた一首です。
手品師は何もないように見えるところからさまざまなものを登場させますが、「万国旗」もそのひとつでしょう。
万国旗は箱から出てくることもありますし、また口から出てくるときもありますし、お札など小物の中から登場することもあります。
掲出歌では、「右手」から出てきた万国旗の行方が詠われています。万国旗が出てきて手品が終わるのではなく、その万国旗が「左手」に還っていくところまでが一連の手品になっているのでしょうか。
万国旗は色とりどりであり、手品で登場すると華やかな印象を受けます。しかし、この歌では「しづかに還りゆく」という表現のあたりから、万国旗の鮮やかさというよりもわずかなさびしさのようなものが漂っているのではないでしょうか。
万国旗が登場する手品においては、万国旗が出てくる瞬間が一番インパクトがあると思いますが、この歌は出た瞬間を詠っているのではなく、すでに出てきた万国旗の移りゆく様子を詠っているところに特徴があるのだと思います。
すでに登場した後では、出てきた瞬間のインパクト以上のインパクトを観客に与えることは難しいのかもしれません。それは万国旗が鮮やかであればあるほど、出てきた瞬間と、出てしまった万国旗の存在との落差が大きいような気がします。
三句「万国旗が」の「が」に注目してみると、この「が」はなくても意味は通じる歌となるでしょう。もし「が」がない場合は一旦ここで切れるので、右手から万国旗が出たというところに一度焦点が当たるでしょう。しかし、この歌は万国旗が出たところに焦点を当てたいわけではなく、右手から左手へ万国旗が還っていくところが歌のポイントになっているので、この「が」は必要だったのではないかと思います。
万国旗の深い意味や、手品で使われるようになった経緯などを知れば、また読みは変わるかもしれませんが、面白いところに注目した一首ではないかと思います。