手品師が弾いたゆびの速度にて川をながれてゆくさくらばな
吉岡太朗『世界樹の素描』
吉岡太朗の第二歌集『世界樹の素描』(2019年)に収められた一首です。
一読、美しい歌だと感じます。
さくらばなが川を流れてゆく様子が、手品師との取り合わせによって若干幻想的な様相を帯びてくるようです。
上句は、手品師が指を弾いた場面でしょうか。手品師は物体の消失や出現、また何か魔法めいたことを起こすのに、指を鳴らすことはよくあります。そのアクションひとつを境にして、世界が変わったような驚きが観客にもたらされることが少なくありません。
歌中の「速度」は、文字通り読めば、手品師が弾いた指の実際の速度というふうに読めるでしょう。しかし、ここでは上句に若干の省略がされていると判断し、手品師が指を弾くことによって時間の流れが変化した、その時間の流れの速度によってというふうに読んでみたいと思います。
というのも、この歌のさくらばなはゆっくり流れているような印象を受けます。急流ではなく、穏やかな流れの川。その水面をさくらばながゆるやかに流れていく様子が浮かんできます。指を弾く実際の速度とした場合、このゆるやかさのイメージとどうもしっくり来ないからです。
手品師が指を弾くことでたちまちに時間の流れがゆるやかになり、それに呼応するようにさくらばなが川を流れてゆく様へとつながっていきます。手品師のアクションひとつによってもたらされた、美しい時間の展開を感じることができる一首だと思います。
掲出歌は「手品」と題された一連の歌ですが、この一連には他にも手品を思わせる歌が登場します。
ゆきやなぎ袖へしもうた時間差にみずきの花をとりだしてみせる
わしの手は手品ひとつもできんくて他人の口にたばこを点す
手品というのは、現実と非現実を行き来するような行いですが、手品を通した現実の時間と非現実の時間の両方を味わうことのできる歌々ではないかと思います。