これから短歌をつくりたいと思っているのだけれど、短歌づくりのコツのようなものを教えてくれる本はないかなあ?
短歌を初めてつくる場合、どこから手をつけていいかわからないということはあるでしょう。
たとえ短歌づくりの表面的なテクニックを一通り学んだとしても、そう簡単に短歌をつくれるようになるわけではありません。
短歌をつくるのにもっとも必要なものは表面的なテクニックではなく、「短歌のコツ」(短歌づくりにおけるポイント、ツボのようなもの)を捉えることではないでしょうか。
それは木で喩えるならば、幹に当たる部分かもしれません。枝葉の部分に相当するテクニックは後から学べばいいのですが、まずは幹の部分すなわち「短歌のコツ」を身につけることが短歌をつくるに当たって大切なことです。
今回紹介する枡野浩一の『一人で始める短歌入門』は、そんな短歌のコツを習得するのに打ってつけの一冊だと思います。
構成としては、短歌コンテストへの投稿作品100首に対して、著者が解釈およびコメントを付すといったものです。この100首を読み終える頃には「読み」への理解が深まり、「短歌のコツ」を身につけることができるようになっています。
本のタイトルにある通り「一人で始める」ことができる点も特徴です。短歌教室に通わなくても、この一冊がまさに先生であり、著者が先生として「短歌のコツ」を身につけるまでを導いてくれる一冊といってもいいかと思います。
実例に対する著者の解釈およびコメントから、学ぶところが大きいでしょう。どういう点に注目して短歌を詠めば”いい短歌”になるのか、どのように読めばその一首がより輝いて見えるのか、そのあたりが著者の文章からあふれ出ているように感じます。
これから短歌を始めるという人、すでに始めているけれどあまり短歌がうまくつくれないという人は特に当書に触れて、短歌の楽しさ・面白さを味わいながら、短歌の世界をさらに体感してみてはいかがでしょうか。
当書のもくじ
まずは『一人で始める短歌入門』のもくじを見てみましょう。
まえがき
本書の活用法
マスノ流短歌のルール
第1週「五感に訴える言葉」その他のレッスン
第2週「余計な部分が魅力」その他のレッスン
第3週「リズムは恐ろしい」その他のレッスン
第4週「読者にバトンされる」その他のレッスン
第5週「普遍的真理をつく」その他のレッスン
第5.5週 あの人に一首お願い
[佐藤和歌子・しまおまほ・辛酸なめ子・八二一・吉田豪]
第6週「禅問答のようにも」その他のレッスン
第7週「パロディをつくりたくなる歌」その他のレッスン
第8週「わからないがゆえに」その他のレッスン
第9週「ついつい想像してしまう」その他のレッスン
第10週「不幸は短歌に閉じ込めて」その他のレッスン
あとがきにかえて
コラム Q&A
当書に登場する短歌は、2006年に実施された株式会社CHINTAIの広告キャンペーン「いい部屋みつかっ短歌」コンテストへの応募作品であり、住まいに関する短歌が取り上げられています。
計100首が、10首ずつ10回のレッスンに分けられており、一首ごとに見開きページで短歌とコメントを掲載する構成になっています。
レッスンの番外編(第5.5週)として、ゲストによる短歌が取り上げられているところもアクセントとして面白く読むことができます。
各レッスンのつなぎ目には「コラム Q&A」として、短歌に関するさまざまな質問とそれに対する著者の回答が書かれています。
おすすめのポイント
それでは、当書の特長やおすすめのポイントを順番に見ていきます。
短歌に触れたことがない人でもすいすい読める
当書のまえがきは次の一文から始まります。
この本は、短歌をつくってみたいと思った人が、いちばん最初に読むといい本です。
まえがき
この言葉通り、今まで短歌をつくったことがない人を意識して書かれているため、初めて短歌に触れる人でもすいすい読める一冊となっています。
合計10回のレッスンがありますが、各レッスンは短歌10首とそれぞれの歌に対する著者の解釈やコメントという構成になっています。
見開きで、右ページに短歌一首、左ページにその歌に対する解釈やコメントとなっていて、見た目も大変読みやすくなっています。
わかりやすい言葉で書かれているので、短歌にあまり触れたことのない人でも気軽に楽しく読むことができるでしょう。
当書のはじめの方に「本書の活用法」という部分がありますが、ここでは一気にまとめて読むより少しずつゆっくり読む方がいいかもしれないと書かれています。ただし、当書を読んでいると一首と解釈の両方がだんだん面白くなってきて、次の一首を知りたくて、ゆっくりどころかどんどん読み進めてしまいます。
実例から短歌のコツを学ぶことができる
当書は「短歌入門」という言葉がタイトルに入っていますが、一般的な短歌入門書とは一線を画しています。
よくある「リフレインを効果的に使おう」「比喩を上手に使おう」「動詞は一首に3つまで」といったテクニック的な区分けがされているわけではありません。
もちろんそういった細かい要素は、投稿作品の解釈やコメントにおいて触れられているところはありますが、章立てとしてそのような構成にはなっていません。
もくじを見るとわかりますが、各レッスンは「わからないがゆえに」「ついつい想像してしまう」「不幸は短歌に閉じ込めて」など章のタイトルとしてあまり見たことがない名称がつけられており、いずれも「その他レッスン」と付加されています。
ですから、つくり方について細かい説明があるわけではありません。「詠む」というよりは「読む」を通して、だんだんと短歌のコツが身についていくという仕掛けになっています。
つまり、具体的な短歌のつくり方というよりも、実際に投稿された短歌作品を鑑賞することで、短歌をつくる際のコツのようなものを感じてもらうというのが、当書の目指すところのように思います。
実例が100首あるので、さまざまなパターンの短歌に触れることができ、どのようなところが短歌として成立している要素なのかを学ぶことができるようでしょう。
コラムのQ&Aから気になる疑問を解消できる
各レッスンの間には、コラムとして短歌にまつわるよくある質問が掲載されています。
例えば次のような質問が取り上げられています。
Q. 短歌は推敲したほうがいいですか?
コラム
Q. ペンネームを使うのは邪道ですか?
Q. 短歌って、レイアウトによって印象がちがって見えませんか?
Q. 盗作について、どう考えますか?
Q. 短歌コンテスト必勝法ってありますか?
Q. 短歌がうまくなるコツって何ですか?
このほかにもさまざまな質問があり、それに対する著者の回答が丁寧に書かれています。
短歌に初めて触れるとき、あるいは始めて間もない頃は、短歌に関するいろいろな疑問が疑問が湧いてきます。コラムという位置づけですが、それら疑問について著者の考えを知ることができる貴重なコーナーだと思います。
伝わる・伝わらないについて考えさせられる
当書に深く関わる内容であるということから、巻末の「あとがきにかえて」には、「つ た え ら れ る」というエッセイが収録されています。
これは白水社『出版ダイジェスト』2005年6月・7月合併号に書かれたものを再収録したものです。
このエッセイでは、「かんたん短歌」という呼称が生まれた経緯に触れながら、伝わる・伝わらないということについて掘り下げています。
このエッセイは次のように始まります。
伝わる! と本気で信じて書いた言葉も実際には伝わらないケースのほうが多い。……いや、伝わらないのが基本かもしれない。
かといって「きっと伝わらない」と先まわりしてあきらめることは絶対ゆるされない。
本気で伝わると信じて全体重をかけないと、奇跡的に伝わるという瞬間など永遠に訪れない。
つ た え ら れ る
このエッセイを通して、伝わる・伝わらないということについて改めて考えされられます。
最初から伝わらないと思うのでもなく、簡単に伝わるだろうと思うのでもなく、その間のさまざまな揺らぎの中から、結果として伝わる・伝わらないが現れるということを、このエッセイから感じとることができるでしょう。
まとめ
『一人で始める短歌入門』を読むと得られること
- 短歌一首と解釈が見開きに載っていて見やすい上に、著者のコメントがわかりやすく、初めての人でもすいすい読める
- 多くの実例から「読み」を深めていくことで、短歌のコツを学ぶことができる
- コラムのQ&Aを通して、短歌に関する気になる疑問を解消できる
- 巻末のエッセイから、伝わる・伝わらないについて考えさせられる
当書は、堅苦しい入門書ではありません。楽しく、面白く、気軽に、肩肘張らずに読める構成となっています。
特にこれから短歌を始めようと思う人にはぜひ一読してほしい一冊です。テクニック的な部分よりも、コツのようなものを習得できるようになっているのが特徴で、多くの実例を楽しく読み進めるうちに自然と短歌への理解が深まるようになっています。
どうすれば相手に伝わる短歌になるのか、そのことについても考えさせられる一冊です。
書籍・著者情報
書籍情報
著者 | 枡野 浩一 |
発行 | 筑摩書房(ちくま文庫) |
発売日 | 2007年6月10日 |
著者プロフィール
1968年、東京都生まれ。歌人。1997年刊、短歌集『てのりくじら』(実業之日本社)でデビュー。2000年刊の『かんたん短歌の作り方』(筑摩書房)からは加藤千恵、佐藤真由美ほかの人気歌人がデビュー。以後、『かなしーおもちゃ』(インフォバーン)、『ドラえもん短歌』(小学館)など、投稿短歌集も積極的に刊行。歌人の青春を描いた初の小説『ショートソング』(集英社文庫)は、連載コミック化も。
(当書著者略歴より)