動かない観覧車では整備士が朝の光を受けて働く
谷川電話『恋人不死身説』
谷川電話の第一歌集『恋人不死身説』(2017年)に収められた一首です。
観覧車と聞いて想像する景といえば、観覧車がゆっくりと回っているイメージではないでしょうか。
「動かない観覧車」を想像することはあまりないと思いますが、この歌では「動かない観覧車」に注目し、観覧車をメンテナンスする「整備士」が登場します。整備士が朝の光を受けて働くという状況はもちろん実際に存在する光景でしょうが、観覧車を乗り物として利用する我々一般客からすれば、動かない観覧車、そして観覧車の整備は、普段まず想像の範囲外に置かれる状況だと思います。
しかしここでは、そのような普段想像外に位置する状況を「朝の光」をもってきて、とても美しい光景として詠っているのです。「朝の光受けて」はシンプルながらも、明るさに満ちた言葉であり、整備士の労働の充足感が伝わってくるように感じます。
さて、本歌集の解説では、穂村弘は谷川電話の特徴について次のように述べています。
谷川電話は、このような情報の可視/不可視性に対する感度が非常に高く、かつ扱い方に特徴がある。
そして掲出歌については、次のように捉えています。
「観覧車」の「整備士」とは、社会的には不可視の存在だろう。
実際にはこの世に存在するのに、多くの人々にとって想像の外部に置かれている状況、穂村弘の言葉を借りれば「不可視」の状況を、掬いとって歌にするのが作者は巧いのだと思います。
そのような状況を殊更大仰にいうわけでもありませんが、さりげなく「不可視」の状況が歌として差し出されると、読み手は新しい情報を眼前に置かれた状態となり、新鮮な感覚を覚えるのではないでしょうか。



