エレベーターの一階ボタンくすんでる 僕らは羽を持たないゆえに
伊波真人『ナイトフライト』
伊波真人の第一歌集『ナイトフライト』(2017年)に収められた一首です。
エレベーターの階ボタンの中で一番押されているのは「一階ボタン」ではないでしょうか。ただし、駅や商業施設のエレベーターにおいて、二階が改札や通路への直結となっている場合は、二階ボタンが一番押されるボタンかもしれませんが、そのような例を除けば、大抵は一階ボタンの使用頻度が一番多いでしょう。
通常、エレベーターを利用するとき、二階へいくにも、三階へいくにも、あるいは最上階へいくにも、一階を経由せずしていくことはできません。
それはなぜなのかは下句にはっきりと書かれています。
下句には「僕らは羽を持たないゆえに」とあります。つまり、飛ぶことができないから、常に地面に接している一階を経由して、上階へいく必要があるのです。上階から下るときも同様で、一階で降りるでしょう。
上階へいくときも、上階から地上へ下るときも、どちらも一階ボタンが押されます。二階を利用する人も、三階を利用する人も、最上階を利用する人も、いって帰ってくる流れの中で、必ず使うのが「一階ボタン」であり、一番使われる頻度が高いことから、「くすんで」しまっているのでしょう。
もしも羽をもっていて飛ぶことができるのであれば、必ず一階ボタンを押すとは限りません。五階から乗って、十階で降りるということも可能でしょう。
いや、そもそも羽があれば、エレベーターを使う必要がないかもしれません。手荷物が少なければ、軽々と飛んでいき、地上と目的階とを行き来するのではないでしょうか。
羽をもたないということが明確に示されることで、我々人間は「一階」に縛りつけられている、この歌を読むとそんな印象を抱きます。一階は必ず通らなければならない関門のような存在に思えてきます。
「一階ボタン」がくすめばくすむほど、縛りつけられているような感じはより強化されていくのかもしれません。
