コーヒーの湯気のむかふに逆光の顔がある表情は見えない
林和清『去年マリエンバードで』
林和清の第四歌集『去年マリエンバードで』(2017年)に収められた一首です。
テーブルか何かに座って誰かと向かい合っている場面でしょうか。
向かい合うような仲であれば、相手は身近で親しい人なのかもしれません。
相手の奥側に太陽があり、相手の顔は逆光で表情までは見えない状況です。表情がはっきりと読み取れるのであれば、こちら側もそれに応じた表情なり対応なりをすることができるでしょう。
しかし、この歌では表情は見えないのです。
顔があることだけは認識できるのでしょうが、表情が見えないというのは、ある面で怖ろしさも感じますし、どことなく落ち着かない感じがあります。
しかし主体は、表情が見えないことをどのように感じているのでしょうか。怖れているのでしょうか、特段何も感じていないのでしょうか、あるいは見えないことで心が安らいでいるのでしょうか。
見えないというのは、見たいけど見えないという場合と、見たくなくて見えないという場合が考えられます。そのあたりがどちらなのか捉えがたいところがありますが、あるいは両方の気持ちがあるのかもしれません。
コーヒーの湯気がゆらゆらと立ち上るさまだけが、わずかに揺れ動くような心を知っているのかもしれないと、そんなふうに感じる一首です。