デッキでの電話を終えて戻り来る珈琲ことことテーブルに冷む
永田淳『1/125秒』
永田淳の第一歌集『1/125秒』(2008年)に収められた一首です。
この歌の一首前には、次の歌が詠われています。
きれぎれに携帯電話をかけ直すトンネル多し新幹線速し
明日雨が降る
「デッキ」という語は船の甲板の意味で用いられることもありますが、前歌からの流れで読めば、掲出歌においては新幹線の客車の端の床を指していると考えていいでしょう。
新幹線に乗ってかける電話は電波の具合がよくなく、なかなかスムーズな通話になるケースは少ないかもしれません。したがって、相手との会話でお互いに用件を伝えあうには、ある程度時間を要する場合が考えられます。
これが新幹線の中ではなく、オフィスでの電話だったらどうでしょうか。電波が不安定になることもなく、互いに「今何ていったの?」などと聞き直す必要もないでしょう。オフィスであればスムーズな会話が成立します。
しかし、ここは新幹線の中なのです。新幹線を下車してから相手と電話するという手もありますが、急を要する電話だったのでしょう。電波が不安定ながらも何とか通話を終えたのです。ひょっとすると、電波が不安定という理由だけでなく、そもそも内容自体が結構時間をかけて話す必要がある会話だったのかもしれません。
いずれにしても電話を終えて自分の席に戻ってきたときには、先に買って座席のテーブルに置いていた珈琲がすでに冷めていたのです。
電話を終えて戻ったらコーヒーが冷めていた。
それだけの場面といえばそれまでですが、三句と四句に注目したいと思います。一読リズミカルな印象を受けますが、それは「戻り来る」の「来る」、そして「珈琲ことこと」に多用されているK音の効果ではないでしょうか。
「ことこと」に新幹線が微妙に揺れているさまが描かれていると思いますし、三句・四句に四回現れるK音が、読んでいてとてもテンポよく感じます。
このテンポのよさに加え、珈琲が冷めていた状況を淡々と読んでいることで、一首を読み終えた後に余韻が残り続ける、そんな歌になっているのではないかと思います。
珈琲が冷めるという、些細な場面ではありますが、そのような些細な場面が描かれることによって、席に戻ったひとりの主体の輪郭がくっきりと立ちあがってきて、冷めた珈琲を見つめる主体の視線をいつまでも感じさせてくれる一首になっているのではないでしょうか。


