チョコレートをやれないぶんをいつもより甘めのハグで犬に伝える
岡野大嗣『音楽』
岡野大嗣の第三歌集『音楽』(2018年)に収められた一首です。
この犬は家で飼っているペットではないでしょうか。
人間にとってはとてもおいしく、よい効果をもたらすチョコレートですが、犬が食べるととても危険であるということです。チョコレートに含まれるテオブロミンという成分が、中毒症状を起こし、場合によっては死に至ることもあるようです。
犬がチョコレートを欲したのでしょうか。しかし、犬にチョコレートをあげたくてもあげられない。そのことを「いつもより甘めのハグ」で犬に伝えているのです。
言葉を交わすことができない分、ハグという触覚をもって犬と接しているのですが、そこには言葉だけでは交わせない愛情の深さのようなものを感じます。
歌集において、掲出歌に続く歌は次の一首です。
シガーロスは高価なチョコレートの名前 そう刷り込んで聴かせてる夜
シガーロスはアイスランドのバンドを指すのでしょうが、そのバンド名を「チョコレートの名前」だと刷り込んで、曲を聞かせている場面です。
掲出歌においては、チョコレートをあげることができないので、それをハグで伝えました。そして次の歌では、チョコレートの代わりに曲を聴かせています。しかも、バンド名をチョコレートの名前であると刷り込んで。それも「高価なチョコレート」だと刷り込んで。
「シガーロス」という固有名詞もこの歌において効果的に働いているようです。
犬にとっては危険なチョコレートですが、チョコレートを食べることができなくても、チョコレート以外の飼い主とのやりとりがとても豊かに表れた歌々だと感じます。