ひとりってこうだったっけ夜の道チョコをちいさくちいさく割りぬ
笠木拓『はるかカーテンコールまで』
笠木拓の第一歌集『はるかカーテンコールまで』(2019年)に収められた一首です。
人との関わりの中で人は生きていくわけですが、人との関わりの度合いによって人との距離やひとりの時間というものは変わってくるでしょう。
家族や恋人、友人たちと一緒に生活しているのであれば、自ずとひとりの時間というのは割合的に少なくなるでしょうし、その分他者との関わりの時間が増しているということになるでしょう。
他者との関わりの日々が当たり前になってくると、いつしか「ひとり」というものはどういうものだったか、どんな感情を抱いていたか、どんな生活リズムを送っていたか、それさえもだんだんと忘れていくものではないでしょうか。
掲出歌は「ひとりってこうだったっけ」と始まります。これまでは他者との深い関係の中で日々が進行していたのかもしれません。しかし、何かがきっかけでその他者との関わりが終わりを迎えてしまったのではないでしょうか。
そのとき、主体が感じたのは「ひとりってこうだったっけ」という、自分自身に対する驚きと問いかけなのです。
他者との関係が長く続いていたことによって、そしてその関係に慣れていたことによって、「ひとり」という存在をどのように取り扱っていたのか、うまく受け入れることができない違和感がこの歌からは感じられます。
それは「チョコをちいさくちいさく割りぬ」という下句に象徴されるように、まさに自分自身がいくつもの欠片になっていくような感覚なのではないでしょうか。
いくつものチョコの欠片が簡単には元のかたちに戻ることがないように、「ひとり」という存在がどうも自分自身しっくりこない、簡単には「ひとり」に慣れることができない感じが表れているようです。
かつては「ひとり」の存在に慣れていたはずの主体が、他者との関係性を構築しながら生きてきたことと通して、いつしか「ひとり」という存在がどういうものだったのかを忘れてしまっている、そんな歌ではないかと感じます。
「夜の道」と「チョコ」、それは決して明るさを伴った光景ではありませんが、「こうだったっけ」という深刻過ぎないいい方に少し救われる、そんな一首だと思います。