私だけ部下を持たない組織図は北極のような空白がある
奥村知世『工場』
奥村知世の第一歌集『工場』(2021年)に収められた一首です。
「組織図」というのはツリー状で構成されていることが多いと思います。会社であれば代表取締役が一番上にいて、その下に順番に、○○部門、△△課、□□係といった感じでブロックが連なっていくイメージです。あるいは、部長、課長、係長といった役職が連なっていく場合もあります。
この歌では「部下を持たない」とあるので、自分が属するブロックの下に、部下のブロックがぶら下がらない組織図を指しているのだと思います。
他の部門の同じ役職の人は部下がいるので、その人の下にブロックが続きますが、自分は部下がいないのでブロックがない。そのブロックがない様子を「北極のような空白」と表現したところに、この歌の独自性があります。
世界地図や地球儀を見るとわかりますが、南極には南極大陸がありますが、北極には大陸がなく、海が広がるばかりです。北極という位置はあるけれども、大陸のような確かさは北極にはありません。その欠落感と、組織図の空いた部分が「空白」という言葉でつながれたところに、部下を持たない空白が急に輪郭をもちはじめます。
あえて「空白がある」といわれることで、その空白が意識されてしまうのです。それによって「部下を持たない」がより一層強調され、組織図上の空白は、主体の心の内側の空白感にリンクしていくように感じます。
「私だけ」という限定も、この空白をさらに強めています。「私だけ部下を持たない」ことに対する思いには、複雑なものがあるのかもしれません。
組織図上の表現に徹しながらも、「北極のような」という巧みな比喩を通して、そこから主体の思いが浮かび上がってくるようで印象に残る一首です。