真正面に朝日をすえてチャリをこぎようやく人の影となりゆく
佐佐木定綱『月を食う』
佐佐木定綱の第一歌集『月を食う』(2019年)に収められた一首です。
朝の場面です。朝日に向かって自転車を漕いでゆく姿が、朝日のまぶしさの中に浮かび上がってきます。
自転車を朝日に置くのではなく、朝日の方を真正面に据えるという把握が特徴的で、大きな朝日さえも自らの意思の範囲内に置いていることが面白く感じられます。
下句の「ようやく人の影となりゆく」から、人の影になっていくことへの安堵感のようなものを感じます。影というのはどちらかといえば存在感を消していき、その他大勢の中に取り込まれていくようなものであり、人の個性というものが消されていくものではないでしょうか。
それでもこの歌においては、影となることを望んでいたとでもいうのでしょうか、裏返せば影とならないことへの不安感や落ち着かなさが隠されているようです。
「人の影」となってはじめて今日という一日が始まるのです。また自転車を「チャリ」といったところにも、現代に生きる若者の感覚が表れているのではないでしょうか。
光は影と表裏の関係ですが、ここに登場する「人の影」は顔の見えない人物、いうなれば誰とでも交換可能なひとりの人物の影なのではないか、そこに現代の時代感覚のようなものがよく出ていると思う一首です。