自転車の歌 #11

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自転車の短歌

自転車がなぜ倒れぬかを今ここでこの夏空の下証明してみよ
永田『1/125秒』

永田淳の第一歌集1/125秒(2008年)に収められた一首です。

ここでいう「自転車」は、止まっている自転車でしょうか、それとも走っている自転車でしょうか。

止まっている自転車であれば、スタンドを立てれば倒れずにすみますし、競技用自転車でスタンドのない自転車でも、サドル引っかけ式スタンドポールにかければ、倒れずにすむでしょう。

したがって、止まっている自転車は、倒れない「証明」をする対象には向いていないように思います。ここで「証明してみよ」といわれているのは、走っている自転車を指すと考えるのがよさそうです。

なぜ倒れないかを考えたことはあまりありませんが、確かに自転車はある程度の勢いがないとふらふらとして倒れてしまいます。ある程度勢いがついてくれば、ハンドル操作を誤らない限り、倒れずに走り続けます。

主体は「なぜ倒れぬかを今ここで」、「証明してみよ」と強く迫っています。証明と聞けば数学や物理を想像しますが、具体的な数式で証明してみよという印象は受けません。この証明は頭で考える証明ではなく、自転車に乗って体でする証明を求めているように感じるからです。それは三句の「今ここで」、そして四句の「この夏空の下」の影響でしょうか。

特に四句の「この夏空の下」によって、晴れた夏空の下、思い切り自転車で走り抜けてみろということをいっていると捉えることができるのではないでしょうか。自転車がなぜ倒れぬかを証明せよということは、自転車が倒れない状態をあなた自身の体をもってつくりだせといっているように聞こえるのです。

ここで音数に注目してみると、五句の音数は五・八・五・九・八。四句は単に「夏空の下」とすれば七音に収まりますが、この歌はあえて字余りとなっています。「この夏空の下」と限定的な「この」をつけて、この夏空は一度しかないという一回性を強調しているのです。

その一回性が「証明してみよ」と呼応し、どこにでもある一般的な証明ではなく、今まさにこの瞬間にしかできない「証明」を求めているのだと感じさせてくれるのです。

夏の暑さと、夏空の青さ、そしてその中を駆け抜ける自転車が強烈にイメージされる一首です。

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