【短歌×人生】人生を1mmでもよくしたい 【視点①】人生を最高のゲームと捉える

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【短歌×人生】人生を1mmでもよくしたい 【視点①】人生を最高のゲームと捉える
tankalife

人生を1mmでもよくしたい」の第13回です。今回から「視点」について見ていきたいと思います。視点の第1回は「人生を最高のゲームと捉える」と題して、俯瞰的に人生を見る視点について考えていきます。

人生はゲームに喩えられることがあります。

人生をひとつのゲームと捉えることができれば、少しは客観的に、またもっと楽に自分の人生を見つめることができるのではないでしょうか。

本を読んでいると、次の言葉を見つけました。

人生とは他人を満足させるゲームではなく自分を満足させるゲームだ。
(Testosterone『とにかく休め! 休む罪悪感が吹き飛ぶ神メッセージ88』) 

人生をゲームに喩えたとき、自分を満足させることが大前提になるのですね。

もちろんこの言葉は、傍若無人に生きろといっているわけでもなく、大切な誰かを満足させることを否定するものではありません。

この言葉から読み取れるのは、まずひとつは、自分が本当に満足できていない人生においては、他人を満足させることはできないということです。自分をまず脇に置いておき、他人を優先する生き方をしている人もいると思いますが、その人生は本当に自分自身が心の底から望んでいる人生なのでしょうか。他者を重要視するあまり、「自己犠牲」などという言葉で括られてしまうのは、その現れなのではないでしょうか。

そして、もうひとつ注目する点は、もしも「他人」が自分にとってそれほど大切ではない人だったらどうか、ということです。例えば、職場が同じで、仕方なく仕事上の付き合いをもっているような場合です。あなたの人生において、あなたは全力でそのような他人を喜ばせたいのでしょうか。でも、結果としてそのような他人を満足させる日々を過ごしていませんか。自分の考えは相手とは違うのだけれども、嫌々相手のいう通りになっていませんか。相手が望む通りに行動し、相手が満足し、一方自分は満足できていない状態はありませんか。

自分の人生の中心は「他人」でしょうか。それとも「自分」でしょうか。

人生は、自分を押し殺してまで、自分を犠牲にしてまで、「他人を満足させるゲーム」である必要はありません。自分の人生の主人公はやはり「自分」なのです。自分が心の底から満足できる人生を送れば、自ずと、あなたが大切に感じている他者を満足させることにつながると思います。

ですから、人生というゲームにおいて、まずは自分を満足させることを最優先にしていいのです。

短歌に見る「人生はゲーム」

いくつかの短歌に触れながら、さらに人生はゲームであることを見ていきたいと思います。

運転手も家族もみんな立っている人生ゲームの外車(コマ)の静けさ 笹公人『念力ろまん』

タカラトミーが発売しているボードゲームのロングセラー「人生ゲーム」。子どもの頃から、友達や家族と、何度も楽しんできました。

「人生ゲーム」はその名の通り、実際の人生で起こるであろう出来事や起こったら面白いだろうという出来事が、ふんだんに盛り込まれています。就職、結婚という大きなイベントはもちろん、各マスに書かれた小さなイベントも楽しく、所持金が減ったり増えたりするのに一喜一憂してしまうのが楽しいですね。

繰り返し楽しんでいると、だんだんとどのマスに止まればラッキーが起こり、どのマスが手痛い出費となるかがわかってきます。職業選択についても、どの職業にどのあたりで就いておくのがいいかも身についてきます。また最初に自動車保険は入らないけれど、株券は買うなど、色々と戦略的にもなってきます。「人生ゲーム」はとても楽しいボードゲームだと思います。

さて、この歌は、人生ゲームのコマが車であることに注目しています。確かにいわれてみればコマに挿す青とピンクの棒はまっすぐであり、車に座っていたわけではなかったなあと思い出させてくれます。

さて、実際の人生は「人生ゲーム」のように波瀾万丈な展開になるのでしょうか。荒波に揉まれながらも、最後は何とかゴールにたどり着いて、結果的にはハッピーエンドで人生を終えることになるのでしょうか。

人生は、ボードゲームである「人生ゲーム」とは異なります。

そうはいっても、人生を「人生ゲーム」のように俯瞰的に捉えられることができれば、つらいことや苦しいこともきっと大したことはないと楽観視できるかもしれません。しかし、そのように簡単に楽観視できるかといえば、現実は中々難しい場合もあるでしょう。生きている途上において、「今自分は人生ゲームの途中なのだから、それほど落ち込む必要はない」と感じられる境地に立つのは、そう簡単とはいえません。

でも、落ち込んだときほど、「人生はゲーム」と俯瞰的に捉えることができれば、しめたものです。うまくいっていない状況は変わっていないにも関わらず、「人生はゲーム」という考えをもつだけで、仮に現状がつらくても、その現状を楽観的に見つめて生きることができるのではないでしょうか。

おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃって生きてたらはちゃめちゃに光ってる夏の海 青松輝『4』

こちらは「人生」という語も「ゲーム」という語も登場しませんが、一読してゲームの主人公を思わせる一首です。

「あなたはどのように生きていますか? あなたの生き方をオノマトペ(擬音語・擬態語)を使って30文字以内で表現してください。」

もしこのような質問をされたら、一体何と答えるでしょうか。この歌は、まさにどのように生きているかをオノマトペを巧みに使って表現している歌だと思います。

「おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃって生きてたら」は、具体的なことは何も述べられていません。「おりゃ」を6回繰り返しており、いろんな面から生き方を表現するというよりも、同じ言葉を繰り返す一点集中的な生き方の表現になっていると思います。ただ具体性がないからといって、どのように生きているかがわからないかというとそうでもありません。読んでいると、不思議と主体の生き方の手触りのようなものが伝わってきます。

この歌からは、決して器用ではないけれど、目の前で起こる人生のイベントに懸命に向かってひとつずつこなしていく、そんな主体の姿が浮かんでくるのです。「おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃ」には、まるで敵を倒す勇者のように、課題をひとつずつ潰していくひとりの人間の様子が表れているのではないでしょうか。

さて、そのように生きていたら、眼前に広がる夏の海が光っているのに気づきました。しかも「はちゃめちゃ」に光っているのです。それはとても輝かしい光景でしょう。「おりゃおりゃ」と「はちゃめちゃ」の似たような見た目と似たような音の響きも相乗効果を生んでいると思います。

この歌からは、マイナスの要素はほとんど感じられず、主体の心のベクトルは前方を向いていて、そのプラスイメージが、オノマトペからよく伝わってくる一首ではないでしょうか。行き詰ったときには、こんなゲームの主人公のように人生を捉えられたらいいのかもしれませんね。

人生をやってることにはなってるがあまりそういう感じではない 工藤吉生『世界で一番すばらしい俺』

「人生をやってる」という表現が、他人事のようであり、まさにゲームのような捉え方ではないでしょうか。

生きていれば、生きることに必死で「人生」という枠内だけに意識が集中してしまいます。それがいいことか悪いことかは場合によるかもしれませんが、行き詰ったときに「人生」という枠内しか見えていないと、さらにつらく感じてしまうのではないでしょうか。この歌のように「人生をやってる」くらいに、人生の外側からの視点をもつことができると随分と救いになるでしょう。

「人生をやってる」から感じられるのは、人生はゲームのようなものであり、その人生を生きている主人公を操作しているもう一人の「大いなる自分」が、人生の外側にいるようなイメージでしょうか。

つまり、この人生を生きている自分を、もっと大きな別の自分がコントローラーを使って操作しているという感じです。

人生をどのように捉えるかによって、人生がつらいだけのものになるのか、もう少し気楽なものになるのかが変わってくると思います。

一歩引いた視点から自分を見つめることができれば、目の前の悩みも小さなものに見えてくるのではないでしょうか。

生涯はゲームであればアニメイト秋葉原店に攻略本が 黒瀬珂瀾『空庭』

人生がゲームだというのであれば、そのゲームをクリアするための攻略本がどこかにあってもいいはずです。

攻略本なしに生きていけるに越したことはありませんが、行き詰ったときは攻略本に頼ってもいいわけです。もちろん、攻略本を見つけることができればの話ですが。ただし、今の時代はインターネット上にありとあらゆる情報がありますし、その情報の海には、すなわち攻略本が転がっているといってもいいのかもしれません。

夜空に輝く満天の星を眺めていたら、感じている悩みが途端にちっぽけなものに思えてくるということをよく聞きます。実際、私自身もそのように感じたことは一度や二度ではありません。人生はゲームであると捉えることは、星空を眺めるのと同じような効果をもたらしてくれるのではないでしょうか。

自分の周りせいぜい数メートル四方の範囲だけが自分の世界だと認識していると、途端に行き詰まることが出てくるでしょう。そんなときほど、視野を広げる意識をもつことが大切です。人生はゲームであると思うことは、今の自分を動かしているもう一人の「大きな自分」が背後にいることを想像できるかどうかにつながります。その想像ができれば、今よりももっと生きやすく感じるのではないでしょうか。

以上、四首について見てきましたが、いずれも「人生はゲーム」であることを気づかせてくれる歌なのではないでしょうか。

「人生はゲーム」であると考える最大のメリットは、うまくいっているときもそうではないときも、随分と人生が生きやすく感じられるということではないでしょうか。

人生は一度きりだと思いますし、本当に貴重で輝かしい体験そのものだと感じます。そんな素晴らしい人生を「ゲーム」に置き換えなくてもいいのではないかという声もあるかもしれませんが、そうではなく「ゲーム」だと捉えた方がもっともっと人生の枠が広がるのではないかと感じます。

人生は、考えようによっては、最高のゲームになります。自分でつくりあげていくことができるのです。

もちろん、いいことばかりではないでしょう。うまくいかないことも出てきます。でも、そこで思い悩んで沈んでしまうよりも、「人生はゲーム」だから、うまくいかないイベントもきっとこの長大なゲームを盛り上げるためのスパイスなのだくらいに捉えることもできるわけです。

「人生はゲーム」であるという視点をもって、このゲームを自分の手で自分史上最高のゲームにしていってはいかがでしょうか。

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