tankalife「人生を1mmでもよくしたい」の第12回(「行動」の第6回)です。今回は「前を向いたら追い風になる」と題して、前向きに生きることについて考えていきます。
人生の進む方向が、仮に次の六方向のうちのいずれかだとすれば、一体どの方向に進みたいでしょうか。
その六方向とは、前、後、左、右、上、下。
この中では「前」という答えが一番多いのではないかと思います。今自分がいる地点から見て、人生が時間軸に沿って進むと捉えれば、後ろからやってきて前へ進んでいくのが一番自然なような気がするからです。
つまり、前へ前へという思考はこのような時間軸の方向性と無関係ではないでしょう。
よく耳にする「前向きに生きろ!」という発言は、一見肯定的でパワフルな言葉に思えます。しかし、「前向き」という言葉は、受け取り方次第で、ガソリンにもなれば、重荷にもなってしまいます。
唐突に「前向きに生きろ!」といわれて、さらに人生が加速する人もいれば、逆に強烈なブレーキを掛けさせられてしまう人もいるでしょう。場合によっては、このようにいわれることが足かせになってしまうこともあるのです。
人生、前向きでないといけないわけではありません。そもそも「前向き」という定義自体が難しいのですが、人生が進む方向と自分が見ている方向が同じ場合、それを「前向き」と呼ぶことにしましょう。そういう意味では、前向きであることは、人生に向き合っていることになります。だから人は「前向きに生きろ!」と強くいうのかもしれません。
前を向くことが、つまり自分の人生に向き合うことが、人生をより肯定的にしてくれるのであれば、もっともっとハッピーにしてくれるのであれば、堂々と前を向いていこうじゃありませんか。
「前を向く」、そこから新たな人生が始まることもあるのではないでしょうか。
過去は過去と割り切る
まずは、次の二首を見てみたいと思います。
靴下のゴム痕くっきり足首に残って過去は過去だ前向く 小坂井大輔『平和園に帰ろうよ』
灰皿に眠る死体を始末する昨日のことは昨日のことだ 松村正直『駅へ』
何かよからぬこと、納得いかないこと、腹が立つこと、イライラすること、あんなことしなければよかったと思うこと…。このようなことが起こったのではないでしょうか。生きていれば、うまくいかないことも当然起こるでしょう。
しかし、そのときにこの歌のようにいえるかどうかが大切なのかもしれません。
「過去は過去だ」、「昨日のことは昨日のことだ」と。
過去の出来事をあれこれ悔やんでしまうことは多々あります。しかし、その出来事はもう起こってしまったわけで、なかったことにすることはできません。だからこそ、そこで一旦区切りをつける必要があるでしょう。
過ぎたことは過ぎたことなのだと、心の底からいうことができれば、もう前を向いたも同然です。過去のことは、一瞬振り返ればそれで充分で、いつまでもグジグジしている必要はありません。過去のことで、現在を残念な気持ちで塗りつぶすのは何とももったいない話です。
過去を一瞬振り返った後は、ただ前を向いていけばいいのです。過去を始末すれば、すっと心が楽になるのではないでしょうか。
忘れ物の傘もうなくてさやうなら〈昨日〉は遠くへ行つたのですね 小島ゆかり『折からの雨』
こちらも、過去である「昨日」を見つめている歌です。
自分の傘をどこかに置き忘れたのでしょうか。それとも自分のものではない忘れ物の傘が、昨日はあったけれど、今日見るとそこにはないという状況でしょうか。いずれにしても、その傘は今目の前には見当たりません。
「忘れ物の傘」には、どこかもの悲しい様が浮かび上がってきます。同じ過去の出来事でも、「忘れ物の傘」と、忘れがたい素敵な思い出とはまったく別物です。「忘れ物の傘」をずっと心の内に溜め込むことはありません。
昨日という時間をまとった傘は、もうどこかへいってしまったのです。いつまでも執着するのではなく、「さやうなら」できるかどうか、それが重要なのではないでしょうか。
「前を向く」ためには、まず「過去は過去」であるとしっかりと認識する必要があるでしょう。いつまでも、過去の幻影を引きずっていたら、意識が過去は過去へ向いてしまうため、前を向こうとしても前を向けません。
後ろ向きではなく、前向きに捉える
私は、中学二年生のときに、クラスメイトの前で話すことができなくなりました。声が震えてどうしようもなかったのです。休み時間に数人の友人とは平気で話すことができても、授業中クラスメイト全員の前で話すことがとても怖かったのです。
クラスメイトの前でうまく話せなくなってからも、本当に嫌々でしたが、学校へは何とか通い続けました。でも、心は長年閉じこもりました。外出をしていても、人の輪の中にいても、遊んでいても、心はどこか閉じたままでした。
今だからいえますが、当時は起きてしまった出来事を、後ろ向きにしか捉えられていないかったからだと思います。しかし、かなり時間が経って、さまざまな物事を前向きに捉えられるようになってからは、授業中話すことができなくなった過去の出来事は、自分にとっては必要な出来事だったのだと思うようになりました。
過去は過去。前を向くこと。それが何となく大切だと感じてはいますが、本当にそう思えるまではやはり時間がかかると思います。パッと思ってパッと解決できるのであれば、苦労はしないでしょう。
でも、「過去は過去」「前を向いてみよう」という意識を少しずつでもいいから、自分の中に浸透させていく気持ちをもち続けていくことが大事なのだと思います。その意識がやがて、「前向き」に導いてくれると信じています。
前向きを詠った短歌を三首見ていきます。
弾丸のように想いをぶっ飛ばすとにかく前へとにかく空へ 萩原慎一郎『滑走路』
力強い一首です。初句「弾丸」から始まり、三句に至って「ぶっ飛ばす」へ展開します。そして下句へ移り「とにかく前へ」「とにかく空へ」と拡大していきます。
これほど強い「想い」がほかにあるでしょうか。弾丸の軌道が後退することはありません。直進、前進しかないでしょう。そして、この「想い」は前へいくだけに留まらず、広大な空へと突き抜けていくのです。「とにかく」のリフレインが、前へ前へいこうとする熱い「想い」を感じさせて、読むほどに勇気づけられます。
何かに迷ったら「とにかく前へ」「とにかく空へ」を思い出し、迷いも吹き飛ばしてしまうほど、「前」を意識していきたいものです。
前向きなだけの言葉を前向きな姿勢で聞いて前向きに死ぬ 岡野大嗣『サイレンと犀』
「言葉が人生をつくる」とはよくいわれることです。
その人をつくるのに、言葉は重要な役割を果たします。前向きな言葉を日々発するのと、後ろ向きな言葉を日々発するのとでは、その後の結果は大きく変わってくるでしょう。前向きな言葉は、前向きな人生をつくると思います。
この歌には、三回「前向き」が登場します。「前向きなだけの言葉」「前向きな姿勢」「前向きに死ぬ」。
どれだけ「前向き」なのだと思いますが、もうこれくらい思い切って「前向き」に振り切ることができれば、どれほど幸せなことでしょう。
こういう歌が詠えること自体、「前向き」な考え方の表れそのものだと感じます。詠われている死に方は、後ろ向きの言葉を後ろ向きの姿勢で後ろ向きに死ぬより、よほどいい死に方だと思います。人生が一度しかないのであれば、どうせなら、この歌のように生きて死んでいきたいものだとつくづく感じます。
豆の蔓ゆたかに伸びるこの雨にうつむき歩く理由などない 中津昌子『風を残せり』
雨を厭う人もいるでしょう。確かに、屋外での作業や、外出しなければならないのに、雨がどしゃ降りだったら困る気持ちはよくわかります。濡れたくないなあと思う気持ちもごく自然なものでしょう。
でも、雨には雨のよさもあります。この歌の「豆の蔓ゆたかに伸びるこの雨」は、まさに雨の豊かさ、雨の潤い、雨の心地よさを存分に伝えてくれるのではないでしょうか。
うつむいて歩くのか、うつむかず前を向いて歩くのか。「うつむき歩く理由などない」といわれると、確かにうつむく理由などは、些細なものかもしれません。読むほどに、元気が出てくる一首です。
19世紀のデンマークの哲学者セーレン・キルケゴールは、次のようにいっています。
「人生は後ろ向きにしか理解できないが、前向きにしか生きられない」(セーレン・キルケゴール)
(晴山陽一『実践的名句323選 すごい言葉』)
未来に何が起こるかはわかりません。私たちは、すでに起きてしまった出来事だけを把握できるのかもしれません。「後ろ向きにしか理解できない」というのはそういう意味でしょう。
しかし、「生きる」となれば話は別です。「後ろ向き」に生きることはできないのです。
「前向きにしか生きられない」は、端的でかつ強烈に胸に刺さってくるフレーズではないでしょうか。そう、前向きにしか生きることはできないのです。であれば、もういっそ前を向いていけばいいのではないでしょうか。
向かい風だと思っていたのに、前を向いたら追い風だったと気づくことがあるでしょう。今までずっと後ろを向いていたのですね。自ら強風に顔を向けていたのです。でも、前を向いたら、これまで向かい風だったのに、あっという間に追い風に変わったのです。
前を向いた後になってから考えると、何て簡単なことだったのだと思うでしょう。でも、その「前を向く」たったひとつの行為が中々に難しいのです。難しいのはよくわかります。直ちに前を向けなくても、前を向こうとする気持ちだけをまずはもってみるのはどうでしょうか。「後ろ向きから前向きへ」をまずは意識してみるのがいいと思います。
キルケゴールがいう通り、「後ろ向き」はあくまで理解するだけで、本当に生きていることにはならないのでしょう。
前を向く。
たったそれだけで、輝かしくひらける世界があると思います。





