灯りたるジュースの自動販売機コイン入れれば枯れ野広がる
岡部桂一郎『一点鐘』
岡部桂一郎の第四歌集『一点鐘』(2002年)に収められた一首です。
自動販売機の商品ラインナップの部分や押しボタンは灯りがつくようになっています。
初句「灯りたる」と殊更いわれると、何気なく見ていた自動販売機は、確かに灯りがついていると改めて認識させられます。当たり前のことですが、自動販売機が動作するには電気が必要であることを気づかされるのです。
さてそんな無機質な”機械”ですが、下句「枯れ野広がる」との対比がとても面白いと感じます。
この「枯れ野」は実際の枯れ野ととることもできますが、心象風景として捉えたいと思います。「コイン入れれば」が鍵で、コインを入れる動作をきっかけにして、枯れ野のイメージが広がっていったのでしょう。
ここで理由は明確ではありません。なぜコインを入れると枯れ野が広がるのか、そもそもなぜ枯れ野なのか、それは歌の中では明らかにされていません。
「自動販売機」という文明サイドに対する、「枯れ野」という自然サイドの登場。コインを入れる動作によって、今までの風景とは違い、あたり一面枯れ野が広がっていく様子に、イメージの豊かさを感じます。この歌は、理由云々ではなく、そのイメージの広がりを素直に楽しめばいいのだと思います。
細かい点ですが、お金ではなく「コイン」という言葉が選ばれていることも、日常に寄りすぎない工夫でしょう。枯れ野が広がるという不思議な出来事へつなげていくためには、お金という言葉ではなく「コイン」であるほうが適しているように思います。
今後、自動販売機で「コイン」を入れるとき、読み手ひとりひとりにとってどんな風景が広がっていくのか、そのきっかけになるような一首で、興味深い歌だと感じます。