短歌をつくりたいと思うんだけど、三十一音のどこから手をつけていいか悩んでいるんだ。つくりはじめをスムーズに誘導してくれる本はないかなあ?
短歌は三十一音であることは理解しているし、自分が思ったことを詠めばいいこともわかっているけれど、いざ短歌のかたちにしようとすると、どこから手をつけていいかわからないという人も多いのではないでしょうか。
五句三十一音が丸々空白の状態から「はい、一首をつくってください」といわれても、上句からつくればいいのか、下句からつくればいいのか、慣れていなければなかなか難しいものです。
今回紹介する栗木京子の『短歌をつくろう』は、まさにこれから短歌をつくろうとする人にとって、短歌に親しむためのルートをわかりやすく丁寧に説明してくれており、とても役立つ一冊です。
実作をメインにした内容となっており、特に短歌づくりに慣れていない場合に有効な方法がいろいろと盛り込まれているので、ぜひ当書を手にとって実作に慣れるきっかけにしてほしいと思います。
当書のもくじ
まずは『短歌をつくろう』のもくじを見てみましょう。
はじめに
第1章 短歌ってなんだろう
- 短歌は大らか
- 短歌の用語を知っておこう
- 短歌は不思議な小箱
第2章 定型に親しもう
- 標語を活用してみよう
- 昔の歌からちょっと拝借
- 結句で着地を決める
- 物語を短歌に翻訳する
第3章 視点を定めよう
- 捨てる勇気を持つ
- 虹は七色だろうか
- 魚の目、虫のヒゲ
- 伸縮する時間
第4章 言葉をみがこう
- オノマトペを生かす
- 固有名詞の魅力
- 数詞の臨場感
- 比喩は化学反応
第5章 しらべに乗ろう
- 母音と子音の個性
- 対句とリフレイン
- 無意味の意味
- 語順を整える
第6章 伝統から学ぼう
- 題詠の不思議
- 勝つか負けるか歌合
- 本歌取りの楽しさ
おわりに
用語一覧
第1章「短歌ってなんだろう」と第6章「伝統から学ぼう」は、主に短歌のルールや用語などについて解説した章となっています。
第2章「定型に親しもう」~第5章「しらべに乗ろう」までが、短歌をつくるということに焦点を当てた内容になっており、短歌をつくる際に意識すべき点が例歌とともにわかりやすく説明されています。この部分が当書でもっともいいたい部分となっています。
おすすめのポイント
それでは、当書の特長やおすすめのポイントを順番に見ていきます。
短歌のつくりはじめの補助となる工夫がされている
短歌をつくったことがない人が短歌のルールを一通り学んだ後、ではつくってみてくださいといわれても、どこからどう手をつければいいのか、なかなかわからないものです。
いきなり紙と鉛筆を目の前に置いて、「どうぞ短歌を詠んでください」と迫られても困ってしまいますね。たとえば一度も泳いだことのない人を海に連れていって、「人間の体は水に浮くようにできているのだから、さあ泳ぎなさい」と言うようなもの。これでは溺れてしまいます。まずは足の立つ深さのプールに行って、ビート板を使いながら泳ぎ方を覚えるのが順序というものでしょう。
第2章「定型に親しもう」では、短歌を詠むためのビート板を用意してくれており、初めて短歌を詠む人にとって定型のかたちに収める工夫が示されています。
まず最初のビート板は「標語」です。
有名な標語「飛び出すな車は急に止まれない」の五七五を上句に見立て、下句をつけるという試みです。五七五七七のリズムに慣れることが目的です。
飛び出すな車は急に止まれない雨の降る日はとりわけ注意
飛び出すな車は急に止まれない事故にあったら後悔するよ
飛び出すな車は急に止まれない止まれないんだ車は急に
このように上句が用意された状態で、どんどんと下句の七七を考えてつけてみることで、まったく何もないところから五七五七七をつくるのに比べて、よりスムーズに五七五七七のかたちにすることができるでしょう。
他に「お出掛けはひと声掛けて鍵掛けて」や「飲んだら乗るな乗るなら飲むな」が例として挙げられ、標語を基にして短歌のかたちに肉付けしていく方法が提示されています。
二つめのビート板は「初句設定」です。
江戸時代末期の国学者で歌人の橘曙覧の歌集『志濃夫廼舎歌集』に収められている「独楽吟」52首は、すべて「たのしみは」で始まり「時(時々、とき)」で終わる構成の歌となっています。
これに倣い「たのしみは」で始まる歌をつくってみようという試みです。一首見てみましょう。
たのしみは腹ぺこの日に揚げたてのトンカツがぶり頰張った時
また正岡子規の歌集『竹乃里歌』の「足たたば」を参考にして、「大空をもし飛べたなら」から始まる歌についても考えてみようと紹介されています。
このように昔の歌人の歌を参考に、初句や二句を設定して、それに続く部分を考えてみることで定型に親しむ工夫がされています。
三つめのビート板は「結句を考える」です。
小島なおの次の一首を例に取り、結句でどのように感じたり行動したりするかを考える試みです。
いつまでも雲は流れてゆくだけで夏の終わりはさみしすぎるね
小島なお『乱反射』
〈…夏の終わりは走りたくなる〉〈…夏の終わりは詩集をひらく〉などさまざまなパターンを考えることで、結句に思いを込める表現方法に親しんでいきます。
四つめのビート板は「物語を翻訳する」です。
物語などの文章を基にして、そこから短歌を詠んでいくという試みで、短歌を詠んでいくための訓練となっています。
まずは、昔話の「桃太郎」の文章を短歌に翻訳する例が登場します。
昔むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。毎日、おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
「桃太郎」
この部分は次のような歌に翻訳されました。
その昔どこかの村にいたそうだ働き者のじいさんばあさん
おじさん柴を刈るため今朝もまた鎌をかついで山へ行ったよ
おばあさん今日は天気がいいからと川へ行ったよ洗濯をしに
この調子で、その後の文章も一部短歌にされています。他にも夏目漱石の『吾輩は猫である』の文章の翻訳、そして卵焼きのつくり方のレシピを短歌へ翻訳する例などが紹介されています。
以上で見てきたように、四つのビート板を基にまずは短歌を詠んでみようという工夫がされています。何もないところから詠み始めるのは難しいのですが、短歌を始める人にとって、これらのビート板が役立つことは間違いないでしょう。
内容に関連した多くの例歌に触れることができる
それぞれの章において、短歌をつくるために意識するべきことが書かれていますが、多くの歌人の多くの例歌が引かれている点もおすすめポイントです。
俵万智、橘曙覧、正岡子規、小島なお、道浦母都子、花山周子、木下利玄、梅内美華子、秋葉四郎、足立洋子、奥村晃作、小島ゆかり、長塚節、佐佐木幸綱、石川啄木、山田富士郎、馬場あき子、窪田空穂、香川進、小中英之、河野裕子、吉沢あけみ、坂井修一、山形裕子、栗木京子、落合けい子、安立スハル、三枝昻之、小高賢、春日真木子、岡井隆、高野公彦、伊藤一彦、与謝野晶子、岩田正、時田則雄、吉川宏志、篠弘、中川佐和子、加藤治郎、松村正直、笹公人、佐藤佐太郎、東直子、柿本人麻呂、川野里子、若山牧水、寺山修司、香川ヒサ、島田修三、米川千嘉子、永田和宏、明恵、岡野弘彦、永井陽子、矢部雅之、藤原定家、和泉式部、額田王、沖ななも、石田比呂志、佐伯裕子、大島史洋、佐藤弓生、谷岡亜紀、小池光、今野寿美、穂村弘
実作に焦点を当てた当書ですが、できるだけ歌人がかぶらないように多くの歌が取り上げられているため、さまざまな歌に触れることができるようになっています。
また歌人以外にも、全国各地の学生向けの短歌コンクールの入賞作品も多数引用されています。
穴埋め問題や二択問題など、クイズ形式で楽しみながら読める
第4章「言葉をみがこう」と第5章「しらべに乗ろう」では、穴埋め問題や二択問題などのクイズ形式の練習問題が出され、楽しみながら読み進めることができます。
たとえば次のような問題が登場します。
花もてる夏樹の上をああ「時」が〔 〕過ぎてゆくなり (香川 進『氷原』)
さて、四句目の〔 〕にはどんな言葉が入るでしょうか?
第4章「言葉をみがこう」の「1 オノマトペを生かす」に登場する練習問題です。答えは当書を見ていただくとして、このような問題がポイントポイントで登場します。ですので、自分の頭で考えるという癖がつき、短歌の表現により親しんだり、発見や気づきを得たりすることができるようになっています。
用語一覧の索引がある
巻末に「用語一覧」が掲載されており、その用語を説明したページがすぐわかるようになっています。
歌合、オノマトペ、上句、切れ、兼題、字余り、字足らず、推敲、題詠……などが一覧形式で記載されています。
短歌を始めたばかりの頃は、短歌の用語の意味を何度も確認したい場合がありますが、この一覧があることですぐに説明箇所にたどり着き確認できるようになっており、大変便利です。
まとめ
『短歌をつくろう』を読むと得られること
- 短歌のつくりはじめの補助となる工夫がされており、つくり慣れていない人にとっても短歌づくりがスムーズに行えるようになっている
- 内容に関連した、多くの歌人の多くの例歌に触れることができる
- 穴埋め問題や二択問題など、クイズ形式で楽しみながら読める
- 用語一覧の索引があり、いつでも解説ページを参照できる
当書は、短歌をつくるという点に注目して書かれた一冊です。まだ短歌をつくったことはないけれど、これからつくってみようという人にとってはもちろん参考になりますし、すでに実作の経験がある人にとっても改めてポイントを振り返ることができ、新たな気づきを与えてくれる一冊となっています。
章立てもわかりやすくなっていますので、実作で悩んだときは、悩んでいる内容に応じて当書の該当箇所に何度も触れてみるのがいいでしょう。実作の悩みがすっと解消するきっかけをもたらしてくれるのではないでしょうか。
書籍・著者情報
書籍情報
著者 | 栗木 京子 |
発行 | 岩波書店(岩波ジュニア新書) |
発売日 | 2010年11月20日 |
著者プロフィール
1954年, 愛知県名古屋市に生まれる. 歌人. 京都大学理学部卒. 在学中に「コスモス」短歌会に入会し、作歌をはじめる. のちに「塔」短歌会に入会し, 現在は選者. 著書に, 『短歌を楽しむ』(岩波ジュニア新書), 歌集に『夏のうしろ』(読売文学賞), 『けむり水晶』(迢空賞), 『しらまゆみ』など. 読売新聞, 西日本新聞などの短歌欄選者を務めている.
(当書著者略歴より)