〈病棟に展開したる前線の向こう側へと常に降る雨〉という巻頭歌で始まる、犬養楓の第一歌集は何?
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『前線』
『前線』は2021年(令和3年)に出版された、犬養楓の第一歌集です。
本歌集の出版時、著者は救命科専門の医師として救命救急センターに勤務していました。
本歌集の章題には「第一波」「第二波」「第三波」とあるように、新型コロナウイルス感染症に関連する歌も数多く収められています。
第一波は2020年第13週~2020年第20週、第二波は2020年第26週~2020年第39週、そして第三波は2020年第44週~2021年第8週を指します。まさに新型コロナウイルス感染症が流行していた時期に詠まれた歌が本歌集の中心をなしています。
救命救急の現場で患者の命と向き合う様が、臨場感をもって伝わってきます。さらに新型コロナウイルス感染症の患者とも向き合うことから、当時の対応は手探りの中とても難しいものだったことが想像できます。
新型コロナウイルス感染症の拡大の行方、救急救命現場での対応、そこから一歩離れた束の間の休息における著者の思い、それらはきれいには分断できないまま交錯しながら、本歌集の歌は進行していきます。
難しい医療用語はあまり登場しませんが、「きゅうがい(救急外来)」「電カル(電子カルテ)」など、医療現場における略語が使われている歌がいくつかあり、現場の臨場感が伝わってきます。
新型コロナウイルス感染症を題材に組み入れた稀有な一冊として、今後も記憶されると思います。
『前線』から五首
昼が来て夜が来てまた昼が来て看護師はこれを一日と呼ぶ
口元が露わになれば恥ずかしくいつの間にやらマスクは下着
丁寧に乾かされたるこの髪も揺れたりしない風のない部屋
パトカーを降りて検死に臨むとき白衣の袖を二度折り返す
コロナ後の世界をしっかり見ておけと喪中はがきが送られてくる