〈三日目の炊飯ジャーの干飯にお湯を注げば思い出す 君〉という巻頭歌で始まる、佐佐木定綱の第一歌集は何?
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『月を食う』
『月を食う』は2019年(令和元年)に出版された、佐佐木定綱の第一歌集です。2015年から2019年までの330首が収録されています。また2017年に第62回角川短歌賞を受賞した連作「魚は机を濡らす」も収められています。
自らの日常、仕事、恋愛、人生に真摯に向き合うところから生まれる歌の数々は、等身大のひとりの人間像を浮かび上がらせている一冊だと思います。
悲観的に映る現代という状況においても、悲観しすぎることもなく、また逆に楽観しすぎることもなく、ただ現状を素直に見つめ、受けとめている様が歌から感じられます。そこに本歌集の特徴があり、次の歌を読みたくなっていく力があると思います。
歌のつくりとして技巧のようなものはあまり感じさせませんが、かえって歌の奥に潜む人間像に輪郭を与えているようです。もちろん技巧がないというのではなく、巧いと思う歌もあるのですが、それよりも普通に詠われたように感じる歌が多いように思います。それは技巧のように感じさせない技巧なのかもしれません。
歌一首の爆発力を読むというよりも、歌集としての全体的な力によって読まさせる一冊ではないでしょうか。
食や人生そのものに対して向き合った歌に惹かれるものが多くありました。
2020年、本歌集により第64回現代歌人協会賞受賞。
『月を食う』から五首
自らのまわりに円を描くごと死んだ魚は机を濡らす
十年後存在しないかもしれない本と言葉と職種と我と
大の字に巨人倒れていたごとき五叉路を通り迷宮に入る
おれの飼う蛙に君が言う「ただいま」をしあわせの音としている
ぼくの持つバケツに落ちた月を食いめだかの腹はふくらんでゆく