自転車のベルをかなぶん柄に塗るこの街のひと少しかわいい
山田航『寂しさでしか殺せない最強のうさぎ』
山田航の第三歌集『寂しさでしか殺せない最強のうさぎ』(2022年)に収められた一首です。
カナブンの色は緑、茶、黄、褐色などさまざまありますが、「かなぶん柄」といわれたとき、これらの色のグラデーションを思い浮かべてしまいます。
多くの人は「自転車のベル」を買ったままの状態で取り付けているでしょう。自転車のベルを付け直したり、特別仕様にしたりする人は少数派ではないでしょうか。特に、掲出歌のように、ベルに色を塗るのは珍しいと思います。ベルに色を塗るという行為だけでも珍しいと思うのですが、「かなぶん柄」に塗るというのはさらに珍しいことでしょう。
登場する人は、自転車のベルを塗る仕事をしている人ではなく、あくまで消費者として自転車およびベルを購入した人を想定して読みたいと思います。
さて、ベルをかなぶん柄に塗ったのは「この街のひと」と詠われていますが、果たしてひとりでしょうか、複数を指すのでしょうか。きみ、あなた、おまえ、彼、彼女、あの人などといった言葉ではなく、「この街のひと」という表現が特徴的だと思います。特定のひとりを指すようにも思いますし、一方「この街」という大きなくくりで捉えられている「ひと」は、この街に住む一定数の人々のようにも思えます。複数人に思える理由として、特定のひとりを指すのであれば、わざわざ「この街のひと」のようないい方はしないような気がするからです。
ひょっとすると「この街」ではかなぶん柄に塗ることがちょっとした流行となっているのかもしれません。自転車のベルという、あまり目立たないものに色付けをする行為が「少しかわいい」と思えたということなのでしょう。それは見た目がかわいいということではなく、ベルを塗る行為を行うことに対してかわいいと感じたということです。ここに、「この街のひと」に対するやさしい視線が感じられはしないでしょうか。
自転車のベルをかなぶん柄にするというのは、日常生活をおくる上では、やってもやらなくても大きな影響はないことでしょう。ベルの主な役目は音を鳴らすことであり、色合いではないからです。しかし、そのような些細なことを実施するからこそ、日々を過ごす中で起伏や変化がもたらされ、人生が豊かに彩られるのではないでしょうか。
「少しかわいい」レベルの行為として、自転車のベルをかなぶん柄に塗ると詠われていることが、絶妙な感じがしてとても興味深く読んだ一首です。


