〈あけぼののやうやうしろき山際を見つつリビングに朝の茶を喫む〉という巻頭歌で始まる、林和清の第四歌集は何?
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『去年マリエンバードで』
『去年マリエンバードで』は2017年(平成29年)に出版された、林和清の第四歌集です。
生と死に関すること、そして時間と記憶に関することへの思いを感じる一冊です。
繰り返される「生」「死」「時間」「記憶」という言葉によって、詠われている事柄は今現在だけに留まらず、今現在から端を発して、過去と未来へ延びていきます。
それは単に「時間」を行き来するというよりも、「記憶」を行き来するといったほうが正確かもしれません。過去の記憶はもちろんですが、未来における時間も記憶と紐づくようなかたちで読み手に伝わってくるように感じます。
もしかすると、本歌集において時系列といったものはあまり重要ではないのではないでしょうか。時間のあとさきはどちらでもよく、今感じること、生きていると実感できることが重要なのでしょう。それは、現在起こっていることだけでなく、記憶として今感じられることも含めてということです。
現在発生している事象なのか、記憶なのか、あるいは未来の予測なのか、それらの区別はあまり大切なことではなく、それらの区別を超えて今感じることが一首一首の歌として表現されているように感じます。
過去であり現在であり未来である、複層的な感覚が歌々に厚みを与えている一冊ではないでしょうか。
ちなみに歌集名は、アラン・レネ監督による1961年のフランス映画から採られています。
『去年マリエンバードで』から五首
思ひ出さない努力をやめて車窓より昼なら富士が見えるあたりを
複雑に空がうごいて近江といふ水に鎖された秋の日を成す
夏雲が形にならぬ想ひ湧いて生きてることの粟の嚙み応へ
旅に出れば旅の記憶がかぶさつてくるいくつもの時を旅する
壊れたものはしろい影になりましたそれからはもう途切れぬ声です