〈エスカレーターばんばか回る 恐竜のよろこぶときに鳴る背びれたち〉という巻頭歌で始まる、柴田葵の第一歌集は何?
『母の愛、僕のラブ』
『母の愛、僕のラブ』は2019年(令和元年)に出版された、柴田葵の第一歌集です。集中の連作「母の愛、僕のラブ」で第1回笹井宏之賞大賞を受賞し、それをきっかけに本歌集が出版されました。
本歌集を一言でいうのは難しいのですが、それは単純にさみしいトーンの歌集だとも、楽しいトーンの歌集だともいい難いところがあるからだと感じます。
生まれてくる命や、母と子の関係などが題材として詠まれていますが、一冊を通してみると、詠まれている感情の範囲が広いように思います。出来事としてはさみしいと感じるようなことであっても、それが歌になった場合、どこか明るさを帯びた歌であると感じるものが多いという印象があります。
対象に対して感じる思いを素直に受けながらも、それが歌に仕上がるとき、最初に受けた感情から少し飛躍した思いが歌に込められているように思うのです。
例えば、さみしさをさみしさのまま歌にするのではなく「さみしさの肯定化」をして歌がつくられる、あるいは楽しさを楽しさのまま歌にするのではなく「楽しさの縮小化」をして歌がつくられるといった感じを受けます。そのように生まれる歌は、単調な歌であるはずもなく、その感情の変化こそが魅力をもたらしてくれるのではないでしょうか。
このあたりが、冒頭で述べたように一言でいうのが難しいと感じる部分でもあります。
しかしその揺れ具合をこそ味わうことが、本歌集の一番の喜びなのではないかと感じます。
『母の愛、僕のラブ』から五首
プリキュアになるならわたしはキュアおでん 熱いハートのキュアおでんだよ
カロリーメイトメイトが欲しい雨あがり駅のホームでほろほろ食めば
飽きるほど誕生日してめくるめくまっ白な髪を抱きしめあおう
バーミヤンの桃ぱっかんと割れる夜あなたを殴れば店員がくる
いつぶりか消しゴムに触れ消しゴムの静けさが胸へひろがる火曜