〈暑のなごりほのかに曳ける石のうへ秋のかなへびは戦ぐがにゐる〉という巻頭歌で始まる、小池光の第三歌集は何?
『日々の思い出』
『日々の思い出』は1988年(昭和63年)に出版された小池光の第三歌集です。
この歌集の特徴は、詞書に日付がつけられているところです。1986年の10月から1987年の9月までの一年間について、抜けている日もありますが、日付と短歌がセットで収録されています。
日付が書かれた場合と日付が書かれていない場合、同じ短歌一首であっても、その受け取り方は変わってきます。
小池光は歌集のあとがきで次のように記しています。
日付が同時に写るカメラがあるが、おもしろい写真ができる。何の変哲もない事物、たとえば公園のベンチひとつをこれで撮って大きく伸ばしてみる。日付がなければただのベンチに過ぎないが、日付をそこに置くと、一挙にただのベンチがただのベンチでなくなる。正確にいえば、ただのベンチとして見てはならないという視線を、観る側に誘導してくる。
「あとがき」
日付があるだけで、登場する事物は「どこにでも、いつでもあるもの」から「どこにでも、いつでもあるものではない一回性のもの」に変わっていくのです。読者はそのように読ませられてしまうということです。
Ⅱ章は基本的には日付の詞書のない歌が収められています。Ⅰ章の日付のある歌と、Ⅱ章の日付のない歌を比べて、一首を読むときにどのように受け取り方が変わるのか、比較してみるのもいいでしょう。
『日々の思い出』より五首
佐野朋子のばかころしたろと思ひつつ教室へ行きしが佐野朋子をらず (十月二十二日(水))
いつものやうに帰宅し来ればこはれたる華厳の滝をテレビは映す (十月二十五日(土))
立食ひのまはりはうどん啜るおと蕎麦すするおと差異のさぶしさ (十月二十七日(月)大宮駅八番線)
さしあたり用なきわれは街角の焼鳥を焼く機械に見入る
日の丸はお子様ランチの旗なれば朱色の飯のいただきに立つ