麻雀の牌を打つ音夜ふけて瀬のとどろきにまじりて聞ゆ 谷川岳
来嶋靖生『月』
来嶋靖生の第一歌集『月』(1976年)に収められた一首です。
著者は登山愛好家としても知られている歌人です。この歌は「谷川岳」という註があるので、谷川岳登山の折の歌かと思います。
「麻雀の牌を打つ音」が広大な自然の中の「瀬のとどろき」にまじって聞こえてきたというのです。
山中なのか麓なのか場所の特定ができませんが、通常登山中に麻雀を打つことはないでしょう。ただし山小屋や登山後に立ち寄ったホテルにおいては麻雀を打つことができるかもしれません。そのように実際に麻雀を打っている音と、自然の瀬のとどろきとが同時に聞こえてきたと捉えることはできるでしょう。
しかし、この歌は今まさに麻雀を打っている場面があるというのではなく、谷川岳の奥深い山中の夜に瀬のとどろきを聞いていると、その中に麻雀の牌を打つ音がまじって聞こえてくるような感じがしたというふうにも捉えてみるのも面白いのではないでしょうか。
生活音のない自然の中の音だけを聞いていると不思議な感覚にとらわれることがあります。幻聴とはいいませんが、麻雀牌の音(のようなもの)が聞こえてきて、同時に麻雀を打っている場面も思い出される、そんな一首として捉えてみてもいいのかと思います。
その方が、主体が身を置く谷川岳の奥深さと自然の強大さがより伝わってくる一首になると感じます。