人あまた乗り合ふ夕べのエレヴェーター桝目の中の鬱の字ほどに
香川ヒサ『テクネー』 (『香川ヒサ作品集』より)
香川ヒサの第一歌集『テクネー』(1990年)に収められた一首です。
エレベーターの箱の内部は限られた空間であるため、積載可能重量や可能人数が示されています。いくら体重が軽い人ばかり集めたとしても、空間の大きさを変えられるわけではないので、ある程度埋まったところで、エレベーターの箱の内部はぎゅうぎゅうになってしまうでしょう。
この歌では、そのような人が埋まった箱の内部の状態を「鬱」の漢字に喩えています。「鬱」という字は画数が多く、四角形の桝目の中に漢字を書いた場合、やはりその枠内をいっぱいに占めているような字です。
人がたくさん乗り合う夕方のエレベーター内部の人の配置は、まさに「鬱」の字のように詰まった状態でしょう。
また同時に、夕方の疲れ切った人々の様子が目に浮かぶようで、それは字面の「鬱」だけでなく、人々の心の内の「鬱」をも表しているといえるでしょう。
「鬱」というたった一字が比喩に使われることで、非常に巧みで的確なイメージが強烈に伝わってきます。
エレベーターの短歌といえば、まずこの一首を思い出す、それくらい印象深い一首です。
