みづのうへAよりみづのうへBへ鷺は線状に身をうつしけり
吉田隼人『忘却のための試論』
吉田隼人の第一歌集『忘却のための試論』(2015年)に収められた一首です。
この歌で詠われていることを非常に簡単にいうと、鷺が水面を移動したということなのですが、このように表現されると、鷺が水面を移動するという行為に何かしら新たな意味合いが生まれてくるように感じます。
まず水面についてですが、「みづのうへA」と「みづのうへB」というふうに分けて捉えているところが特徴的でしょう。
通常水面は、水という物質でひと続きと捉えがちですが、このように数学的にA、Bと表現されることによって、A地点の水とB地点の水が、それぞれ独立した空間として立ち上がってきます。
「身をうつしけり」とありますが、鷺はAから飛び立ってBへ着水した場面を想像しました。そのときの移動の様が、「線状」として捉えられています。
飛行中、途中で左右に曲がったりせず、また上下に揺れたりせず、直線的にAからBへ移動した鷺の姿が浮かんでくるのではないでしょうか。
主体は「みづのうへA」も「みづのうへB」も両方が見える位置におり、鷺がAからBへ移動する一部始終を見ていたのでしょう。
A、B、線状と数学的な捉え方で、場所と空間、そしてその間の移動と時間が丁寧に表現されることによって、鷺の移動が空間的にも時間的にも立体化して伝わってくるように感じます。
鷺の移動というありふれた出来事ひとつをとっても、捉え方と表現の仕方によって、ありふれた出来事ではなく、その出来事そのものが立ち上がってくる歌になっており、印象に残る一首です。
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