地平線焼き切るときの火の匂い 簡易珈琲のふくろをひらく
鈴木加成太『うすがみの銀河』
鈴木加成太の第一歌集『うすがみの銀河』(2022年)に収められた一首です。
「簡易珈琲」とは、一回分のコーヒーが飲めるようにパックされた簡易ドリップコーヒーのことを指していると思います。
袋を開く前は、コーヒーの匂いは伝わってきませんが、袋を開いた瞬間、コーヒーの匂いが感じられます。
その状況は日常によくあると思いますが、この歌の見どころはやはり上句でしょう。簡易珈琲の袋を開いたときの匂いを「地平線焼き切るときの火の匂い」と表現したところに、独自の世界が展開されているように感じます。
確かにコーヒーの香り、特に湯を注ぐ前の豆の香りは、どこか焦げたような匂いに感じることがあります。そこから「焼き切る」「火」という言葉への連想は想像つきます。しかしこの歌で、焼き切っていると喩えられているのは、木材でも紙でもありません。なんと「地平線」なのです。
「地平線」を「焼き切る」と詠われたところに、非常にスケールの大きさを感じます。「焼き切る」は単に”焼く”という言葉よりも強い印象があり、地平線すべてが焼かれてしまったような、そしてその後には何も残っていないような感じをも受けるのではないでしょうか。
少し踏み込みすぎもしれませんが、「地平線」というスケールの大きさから、戦争における業火や人類の消滅など、火による喪失が、あからさまではありませんが、その背後にうっすらを現れてくるような印象があります。
コーヒーはコーヒーの匂いだけに留まらない、そんなことを思わせてくれる一首であり、今後簡易珈琲を開く度に思い出してしまう歌です。