メールの歌 #17

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メールの短歌

今日きようは」という「今日は」だけが嘘であるメール送りつさびしい夜に
花山周子『屋上の人屋上の鳥』

花山周子の第一歌集屋上の人屋上の鳥(2007年)に収められた一首です。

相手に自分の近況を知らせた場面でしょうか。相手からメールがきて、それに対する返信かもしれません。

それにしても、なぜ「今日は」だけ嘘をつく必要があったのでしょうか。それははっきりとは示されていません。メールの内容について嘘をつくケースがあるのは、何となくわかります。嘘といっても重大な嘘ではありません。例えば、どこどこにいっていたとか、用事があっていけないとか、方便で使うケースはあるでしょう。しかし、日付についてだけ嘘をつくのは珍しいのではないでしょうか。

「今日は」という部分だけが本当ではない、つまり相手に知らせたこと自体は本当にあったことでも、それが「今日」のことではないということになるでしょう。

日付の部分だけ嘘をつくというのは一体どのような状況が考えられるのでしょうか。色々と思考を巡らしてみても、これで間違いないという回答がパッと思いつくというわけではありません。

ヒントとしては「さびしい夜に」という部分になるでしょう。例えば、次のような文が含まれていたと想像してみるのはどうでしょう。

「今日はさびしい」「今日は楽しい」「今日は元気」「今日は会いたい」「今日は会いたくない」など。感情や体調は日々変化することもあるため、「今日は」という言葉が文の頭につくことがあるでしょう。

でも実際は、その感情や体調は「今日」のことではないのかもしれません。相手に伝えるに当たり、相手のことを考えて、あるいは自分の今日の本当の姿をあまり見せたくないために、「今日は」という部分を偽ったという可能性も考えられます。

あるいは、「今日は」が嘘なのだとしたら、「今日は」ではなく、実際は「今日も」であった可能性もあり得ます。本当は「今日も○○」なのだけれど、「今日は」という限定をしてメールを送ったということです。その場合も、「は」と「も」のたった一文字の違いですが、たとえ小さくとも嘘といえば嘘の部類に当たるでしょう。

考え出すと深みにはまりそうですが、いずれにしても相手に届けたメールは、事実そのままというわけではないことは確かなようです。

嘘を交えるというところに、相手との関係性や主体の感情などがストレートではないことが窺えます。メールの言葉で少し嘘をつくという行為が、何ともいえないゆらぎを与えている一首なのではないかと感じます。

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